私が片づけや収納に強い関心を持つようになったのは、
中学生の頃でした。
当時、家族で市営住宅に住んでいて、
私には「自分の部屋」と呼べる場所がありませんでした。
妹と二人で一部屋。
薄いふすまで仕切られてはいましたが、
ほとんど開けっ放しで、
リビングと一体になっているような空間でした。
そんな中で、母が買ってくれた二段ベッド。
それが、私にとって初めて
「ここが自分の場所だ」と思えた、大切な居場所でした。
妹と一緒に使う勉強机はあったのに、
なぜかいつもベッドに寝そべって
教科書を広げていたことを、今でもよく覚えています。
母は、狭いながらも一生懸命、私たちを育ててくれました。
ただ、限られた空間に家族5人分の物があると、
どうしても物は多くなります。
父は、物をなかなか捨てられない人でした。
壊れた物でも
「修理すれば、まだ使える」と言って
大切に取っておく人です。
大工仕事から電気工事までこなす器用な父だったので、
道具も自然と増えていきました。
今でも忘れられない出来事があります。
一度、爪切りが見当たらなくなった時のことです。
父が激しく怒り、
家の中が一気にピリついた空気に包まれました。
詳しい話は、また別の機会にしますね(笑)。
でも、この出来事をきっかけに、
私は強く思うようになりました。
「なぜ物は、なくなるんだろう」
「どうしたら、もっと使いやすくできるんだろう」
それが、片づけや整理収納に興味を持つ
最初のきっかけだったのだと思います。
家の中で、どこか気を遣いながら過ごす日々。
私は自然と、外に居場所を求めるようになりました。
中学時代は、
朝練から夕方遅くまで、バスケットボール部に打ち込みました。
それは、現実逃避でもあり、
私にとって大切な居場所でもありました。
高校生の時、
近くに住む祖母の家が火事に遭い、
建て替え後、一部屋空いているということで、
一年ほど居候させてもらったことがあります。
早く自立したいと思っていた私にとって、
それは一人暮らしの予行演習のような時間でした。
そこで初めて、
「気持ちよく暮らすためには、
ただ掃除をするだけでは足りない」
そう、肌で感じたのです。
物の配置や、整理収納。
それが暮らしの心地よさを
大きく左右することを知りました。
当時から、
「自分のことは、自分でなんとかしなければ」
そんな思いを、どこかで持っていました。
高校でもバスケ部に入りましたが、
高1の夏休みを機に部活を辞め、
喫茶店でアルバイトを始めました。
そこから、いろいろなバイトを経験しました。
親に相談したり、頼ったりすることは、
ほとんどありませんでした。
……いえ、
正確に言うと「できなかった」のかもしれません。
私は3人兄妹の真ん中で、
「お兄ちゃんの言うことを聞きなさい。
お姉ちゃんなんだから、しっかりしなさい。」
そう言われて育ちました。
私自身も、
そうあるべきだと思っていたのだと思います。
両親は、私にとって
反面教師のような存在でもありました
父は、かっとなると手が出る人でした。
母は、世間体をとても気にする人でした。
もちろん、育ててくれた感謝や愛情は、
今もちゃんと感じています。
母は専業主婦で、
今思えば、少し潔癖症だったのかもしれません。
物は多いけれど、
家の中はいつもきれいでした。
お祭りの屋台の食べ物は
「ホコリがついているかもしれない」
「何が入っているか分からない」
そう言って、買ってもらえませんでした。
家でおやつを食べる時は、
必ずチラシを敷いて、
床にこぼさないようにするのが当たり前。
母の料理は、和食が中心で、
いつも丁寧に出汁を取り、
私たちの体のことを考えた
あたたかいご飯でした。
自分自身も母に似たところがあると自覚しています。
そんな家庭で育ったからこそ、
私はずっと考えていたのだと思います。
「どうすれば、気持ちよく暮らせるんだろう」
「どうすれば、安心できる場所をつくれるんだろう」と。
完璧じゃなくていい。
きれいにしすぎなくていい。
でも、心が落ち着く空間でありたい。
あの頃の私は、
“自分の場所”を探していただけなのかもしれません。
そして今、
その「場所」を一緒につくる仕事ができる事が、とても嬉しいです。


