3.人生が大きく動いた日|離婚と手放し

Keiのこれまで

北海道に来て27年。
店を始めて20年目に入った頃、
私はいつの間にか、店のこと、育児のこと、
そして「自分自身を成長させること」で
いっぱいの日々を過ごしていました。

そんな中で、突然訪れた離婚という現実。
頭の中が真っ白になったことを、覚えています。

「もう一緒にはいられないんだな…」
そう悟った私は、残る人が困らないように、
できる限りのことをしようと決めました。

それからの半年間、
事務のこと、パソコン関係のこと、
販売側やカフェのこと、在庫管理のこと。
誰が見ても分かるように、
できるだけ整えていったつもりです。

製氷機の掃除をしている時、
「こういう細かいこと、この先も誰かがやってくれるかな…」
そんなことをふと思い、
なんだか少し寂しくなった瞬間がありました。

本当に何でもない一コマなのに、
今でも、ふとした時に思い出します。

私がいなくなっても大丈夫だろうか。
できることはやったけれど、
心配な気持ちがなかったわけではありません。

それでもこれは、
私一人で決めたことではなく、
どうしようもない現実だった。
そう思うようにしていました。

お店は、私にとって
子どものように大切な存在でした。
自己満足だったかもしれませんが、
この半年間で「やり切った」と思えたことは、
今でも私の支えになっています。

ただひとつ心残りだったのは、
周りの人に、離婚することを打ち明けられなかったこと。

一人で決めたわけではないのに、
一人で抱えていたこと。
それも、当時の私には仕方のないことだったと、
今は少し落ち着いて思い出せます

北海道で過ごした27年間。
仕事と育児、たくさんの経験と体験が、
私を大きく成長させてくれました。

涙が止まらず、
どうしようもなく辛かった出来事も何度かあったけれど、
それもきっと、必要な経験だったのだと思います。

手放すことは、やっぱり辛いですね。

中でも一番の執着は、
設計から一緒に考えて建ててもらった自宅でした。
大好きな家で、いつも丁寧に掃除をしていました。

「いつか、子どもたちの誰かが住んでくれたら…」
そんなことを、勝手に思ったりもしていました。

でも、その思いすら手放せた時、
心がふっと自由になった気がしたのです。

(不思議なことに、
あの家のことは今でも思い出します。
なぜか、良い思い出ばかりですが…)

私は、北海道を離れることは
絶対にないと思っていました。
まさか自分が、離れる日が来るなんて。

人生って、本当に不思議です。

「整える」ことは、
暮らしだけでなく、人生にも必要でした。
そして、シンプルに考えることも。

難しく考えすぎると、
頭がこんがらがって、動けなくなる。
だから私は、何度も自分に言い聞かせました。

「シンプルに考えよう」と。

本当に大切なものは何か。
それだけは、忘れずにいたい。
そんなふうに思いながら、
私は次の一歩へ進むことにしました。

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