そして、離婚を機に私が戻ったのは、懐かしいあの市営住宅でした。
母はすでに他界しており、父が一人で暮らしていました。
まるで導かれるように、私が大阪に戻った直後から、アルツハイマーを患っていた父の介護が始まったのです。
家の中には、物がとても多くて、私が帰った次の日に、父がたくさんの物が積んでいる方に転んで、頭を怪我して、病院に連れて行くという事がありました。
『せめて、父がこれ以上怪我をしないように…』その一心で、私はその日から、実家の片付けに取り掛かりました。
それは、想像をはるかに超える量の物でした。
一体、いつからこんなに物が溜まってしまったのだろうか…。
ベランダにもモノがたくさんありました。
段ボールに入ったモノもたくさん。
中にはなぜかテーブルに置いてあっただろうものが一式
(お箸たくさん、調味料やはさみなどなど・・・)
誰か来るから、とりあえず片付けようと思って、段ボールにいれて、ベランダに出したのかな?
そしてそのまま忘れたのかな?
今のテーブルには、同じようなモノが乗っているよ・・
他には、高級おかゆセット、買ってそのままベランダに置いて忘れたの?
期限を見ると、母が生きていた時のもの。
なんで箱のままで? 開けた形跡もなくて。
とりあえず、ゴミとわかるもの、もう絶対に使わないモノをゴミ袋片手に、どんどん捨てていきました。
実家の片付けは、想像をはるかに超える困難さでした。
長年積み重ねられた父の物は、私にとって価値が分からないものも多く、かといって認知症の父に無断で捨てるわけにもいきません。
溢れかえる物に囲まれる中で、私は『執着』という感情と深く向き合うことになったのです。
モノってなんだろう?
人はなぜモノを集めたいと思うのだろう?
便利な世の中になって、より一層モノとの付き合い方が複雑になってるような気がします。
自分自身も色々なモノを手放したといっても、それでもモノは持っています。
欲しいモノがあったりもします。
父の介護をしながら、一緒に暮らしているからこそ、片付けもゆっくり進んでいきました。
介護に関しては、しんどい時もありました。
一人にすることが出来なくなってからは、父が家にいる時に買い物へ行くのも、大変でした。
2時間家をあけた時に、家の中がびっくりすることになっていたことがあり、私は、その片付けをしながら泣いたことがありました。
なんとかしてお父さんをお風呂場に連れていき、身体を洗い、私のふとんで寝てもらい、片付けをして。
お父さんが「なんでこんな事になってしもたんや」って言って、「なんでやろうなー」って、なぜか泣き笑いで言ったことを覚えています。
その時の父は90歳だから、身体も弱って当たり前ですよね。
介護の経験と子育てと少し似ているところがあります。
まぁ、子育ては成長という前向きさがあるけれど。
それでも、自分自身のことにはなかなか手が回らなかったあの頃を経験しているからか、介護も、つらい時には、淡々と目の前の事をやるしかない、今、私しかいないのだから。
そんな風に思っていました。
家に入ってもらう介護サービスは使ったことがなくて、そんなのもあったんだなーと。
本当に辛い時には、人を頼ったほうがいいですよね。
育児にしても、介護にしても、本当に大変な事って経験していないと分からない気がします。
想像はできても。
大変な事もあったけれど、色々と経験できたことは、良かったと思います。
実家の片付けの奮闘記は、別のカテゴリー(実家の片付け・親の家のこと)で詳しく綴っていきます。


